ジャッジしてるから作られる世界、ジャッジしてる自分に気がつかなければ解決にはならない北国らしい状況になってきましたガーンガーン

雨よりは雪が好きですが、降るよりは降らない方がやっぱり良いです!!

 

何事も、腹八分目じゃないですが、適度な流れが良いですラブラブラブ

 

という前置きはここまでにしてタイトルの本台にひらめき電球ひらめき電球ひらめき電球

 

ジャッジしてるから作られる世界とは

 

本人が全くそう思ってなくても、私が「可哀想」と思えば、その対象は「可哀想な人(子・物)」になっていく。そんな創造の世界があるのをご存知ですか?

そうなんだ・・・。
私って周りから見たら可哀想な人(子・物)なんだビックリマーク
という感じで、「可哀想な人」が創られます。

そうなんです!
私たちが、可哀想だと思わなければ、可哀想な人(子・物)は創られないわけです。

【全ては自分自身が創り上げている】とよく言われますが、これはこの流れにもそのまま当てはまることだなとふと思いました。

「可哀想な人」が出来ると言う事は、逆説で考えると・・・
「私って可哀想な人だわ」と自分自身が思っていたとしても、周りが【あなたって幸せな人ね!運が良い人ね!ハッピーな人ね!】と思い、それを書き換えたら、「あら、私って可哀想じゃなかったのね♪」と、幸せな人に変わっていく~♪という流れになってくるのです。

そして、「可哀想な人(子・物)」を作りだしている根っこには、【ジャッジ】の可能性が潜んでます。

※ジャッジとは

判定とか判断という意味が辞書を引くと出てきます。

私自身も個人的にまだまだジャッジしている自分が存在していますが、可哀想な人(子・物)と思った根っこの部分には、その根っこにつながる部分に対して、自分の中の価値観や思考や観念から、その根っこと感じる部分に自分のジャッジを加えていることが多くあります。

ジャッジしている本人は、なかなかこの部分には気がつくことが出来ません。ジャッジしていることにさえ気が付いていない状況、気がついていてもその現実を受け入れられない自分、という状況になっている事が多くあります。

 

ジャッジしてる自分に気がつかなければ解決にはならない

私たちには、一人ひとりの価値観や思考や固定観念があります。
これらは、全ての人や物に共通ではありません。

 

もちろん、
どれが(誰が)正しい、
どれが(誰が)間違い、
等という流れも存在しません。

個性心理學を例に挙げると、個性心理學では一人一人の個性を知る事で【明らかに、認めて、受け入れる】という流れがあります。

それは、良いも悪いも、正しいも間違いもない、ただただ、「あなたはそうなのね。私はこう思うのよ」というように、一人一人の個性や、それぞれの違いを認めて受け入れる、ということにもなります。

【明らかに、認めて、受け入れる】は、【明らかに、認めて、受け入れた】後、自分がこれからどうするか、どうしていくかだけを考えて行動に移すというのに気がつく流れがあるのです。その行動の始まりは、あくまでも「自分自身」です。

「人は変えることが出来ないけれども、自分は変わることが出来る」、スピリチュアルな考え方だけでなく、色んな学びのツールでは、このニュアンスの言葉がそれぞれに発信されていることがあります。

「明らかに認めて受け入れる」を自分の中で決めたら、自分自身が、今目の前で起こっている現実の受け取り方を変えるだけなのです。
自分の本質や根っ子、本質の軸に目を向けて中心を置くと、正しいや間違い、良い悪いなどの判断から来る【ジャッジ】がなくなってきます。

「あなたはそういう考えなのね」と、いうように受け取ることが出来るようになるので、そこに付帯してくる部分に「可哀想」等と感じることも思うこともなくなります。

ジャッジで判断するのではなく、ジャッジしている自分の中にあるその事柄に、自分の根っこに意識を向けるということです。
根っこに意識を向け自分自身を認めていくと、ジャッジから作られていた「可哀想な人(子・物)」が、創られなくなります。

その人(子・物)にしか分からない感情や思いなどの部分を、私たちが勝手に解釈し、感じ取り、創り上げて、ジャッジするという現実が消えていくということは、何より「可哀想な人(子・物)」が自然と作られなくなるということになります。

私たちが勝手に受け取って、ジャッジして、自分自身でその流れを創り上げているという現実を認め、受け入れる事で私たちの中では手放しが起こります。
手放しが起こると、自分自身からジャッジがなくなり、「癒さなければならない」存在が消えます。

自分が創り上げている癒しが必要な世界は、自分自身を癒し、自分自身がジャッジしている自分を認めて受け入れることで、何かを癒さなければならないと感じたり、癒しを届けたいというような自分の気持ちも消えてきます。

 

 

※癒しとは

癒しという言葉を、よく耳にしたり目で見ることがあります。
癒しとは、誰かが癒すのでもなく、誰かに癒してもらうのではなく、自分の中心にある大切も物に気がつくことで、自発的に起こるものです。

自分自身を満たし、自分自身を感じ、自分自身を認めて受け入れるその一連の流れから、自分自身が癒され、自分自身が満たされます。
私たちは、喜びを感じ自分が愛や喜びで満たされると、勝手にその喜びや愛を溢れさせることも出来ます。

誰かや何かを癒したり癒されたりするのではなく、癒しが必要な人は、その溢れているエネルギーを、必要な人が必要なだけ受取っていく、それが本来の「癒し」の流れ。赤ちゃんや動物等が、「癒しの存在」だと言われるのは、ジャッジの無い存在だから、ただそこにあるだけ(いるだけ)で、癒される人(物)が勝手に癒されていくのです。

 

 

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